《Mimic/pleated dimness》2025
市川陽子のものづくりを見ていると、今私たちの目の前にある「工藝」とは、人の手によるささやかな結び目の連なりが生み出す、奇跡的な美しさなのだと感じる。「結ぶ」という行為、そして「結び目」は、縄や布、籠などを作るための技法であると同時に、古来より単なる技術を超えて、深い意味を担ってきた。それは、人が自然と関わりながら何かをつくり、生きてきた営みの痕跡そのもののメタファーでもある。無名の手による無数の結び目は、解けることなく連なり続け、あるいは解けた後にも再び結ばれることで、その時代に即した変化を繰り返してきた。これこそが工藝の歴史だと言えるだろう。しかし、個人の手とその記憶による結び目は、時に自然災害や文化の淘汰によって簡単に解けてしまうこともある。市川は、そうした脆さと向き合いながら、漆工芸の中でも一度は歴史の中で途絶えた漆皮(しっぴ)の技法を紐解き、背景となる人の営みや、素材の持つ命の手触りを幾重にも重ねてきた。 そしてそれらを、独自の表現へと昇華させている。彼女の作品は、実用性への技術的研鑽と、「人が手によってものを作る」ことへの本質的問いかけ、そして造形の自由を行き来しながら、現在の形に辿り着いた。そこに宿る強烈な存在感は、単に形骸化した道具や造形物としてデザインされたものではない。工藝の持つ多層的な背景を飲み込みながら、メタモルフォーゼの過程そのものとして生まれた、生々しい存在としての強さがある。それは、ものが形になる以前の時間を豊かにはらんでいるからだろう。
《Lesson for knitting#3》2025