
吉田 紳平《Good night, my father、おやすみ、父よ》2023、キャンバスに油彩、100×100cm
吉田紳平はファウンドフォトを用いたポートレートを描き、その向こうに潜む「不在の気配」をあらわにします。作品は、 極めてパーソナルな親密さに満ちながら、空虚感や孤独を内包する朧げな画面が印象的です。『他者の人生を想像することは、 すでに目の前にあるのに、見えていなかったものへまなざしを向けることと似た意味を持っていて、そのことを忘れないよう に努めたい。』という吉田は、見たことのあるような、知らない誰かの親密な気配を描くことで、そこにある(あった)はずの 物語を印象として抽出し、鑑賞者を作品との深い対話に引き込みます。ピントの合わない画面は、不可視な存在に応答する 自らの内側へ目を凝らすことを誘導し、既視感のある一見ありふれたシーンは、親密さとその不在を提示しています。
吉田は2018 年以降、色鉛筆によるポートレートシリーズを発表してきましたが、「Absence of bedroom(ベッドルームの不在)」 と題された本展では、自身の絵画の原点に立ち返り、新たに制作したオイルペインティングを展覧いたします。
9月9日(土)13:30〜14:30にはギャラリーにて、アーティストによるギャラリートークを開催致します。
ポートレートと向き合うたびに、気がつくといつもある部屋を思い浮かべている。祖母がその生涯を終えるまで過ごしていた 寝室である。亡くなる前日にその部屋で会ったのが彼女との最期だった。窓辺のゆれるカーテン、傷の付いた古いフローリング の床、眠る祖母の微かに動く瞼、繰り返される呼吸の音、ベッドシーツの柔らかい手触り。浮かび上がっては消えながら、目に 見えないほんのわずかな空気のそよぎが彼女の一部となってその部屋を満たしていた。
時々、見慣れた景色を前にしているのに、覚えていないはずの景色を眺めているようなきもちになることがある。彼女の横顔 にはそんなここではないどこか遠い場所を思わせるような面影が彷徨っていたのかもしれない。あの寝室はもうこの地上の どこにも存在こそしないけれど、振り返るたびに今もあの部屋には2 人にとってのかけがえのない親密さが漂っている。
吉田紳平

吉田 紳平《Absence of bedroom、ベッドルームの不在》2023、キャンバスに油彩、33.5×33.5cm

吉田 紳平《Silence is in your hands、沈黙はあなたの手に》2023、キャンバスに油彩、22×27.3cm

吉田 紳平《Dear letter to you》、2023、蜜蝋、マッチ